奈良~薬師寺2022.5

法相宗大本山 薬師寺

奈良県奈良市西ノ京町にある。
開基は天武天皇、本尊は薬師如来。

左:金堂、右:東塔

薬師寺は、天武天皇9年(680年)に、
天武天皇が、鵜野讃良皇后*1の病気平癒を祈って発願し、
百僧を得度(出家)させたことを起源とする。

鵜野讃良(うののさらら)皇后*1…後の持統天皇

しかし、天武天皇は寺の完成待たずに686年に崩御。
持統天皇が即位し、新都藤原京に薬師寺が造営された。

駐車場からの道

697年に本尊薬師如来の開眼が行われ
翌年に構作が終わり僧侶を住まわせたと、「続日本書紀」に記載がある。

710年、平城京遷都により、
薬師寺は飛鳥から平城京右京六条二坊(現在地)に移転した。

駐車場と南門の間にある「休ヶ岡八幡宮」

薬師寺は、天平時代まで天下の四大寺の一つとされ、
金堂、東西両塔、大講堂など主要なお堂は、裳階がつけられ、
壮麗な造りは「龍宮造り」と呼ばれていた。

その後、幾多の火災や地震で、堂塔が失われ、
その中でも1528年の兵火は激しく、金堂、西塔、大講堂が消失した。

南門入口

現存する東塔は創建当時から残る唯一のもので、
「国宝」に指定されている。

1998年に「古都奈良の文化財」の構成資産の1つとして、
国際連合教育科学文化機関より世界遺産に登録されている。

今回は特別公開期間だったので、拝観料は1100円。
(金堂、大講堂、東院堂の他、玄奘三蔵院伽藍、西塔初層東面開扉)

さらに、食堂、西僧坊も公開されており、
拝観にはそれぞれ500円必要だが、共通券であれば全部で1600円。

せっかくなので共通券を買ったが、1600円って結構高いよな…。
これが相場なのかな??(^-^;

拝観時間:8:30~17:00(受付16:30まで)
拝観料:1600円、1100円、800円。
(時期などにより異なる。要ホームページ確認。)
駐車場:普通車1回500円

中門。左に西塔(重要文化財)、右が東塔(国宝)
南門と中門の距離が短いため、全景が写せず…。

西塔と中門

中門と東塔

金堂
1976年再建。

奈良時代仏教彫刻の最高傑作の一つとされる本尊・薬師三尊像(国宝)を祀る。
上層は写経が納められた納経蔵となっている。

再建にあたっては、
木材(ヒノキ)を使うか、鉄筋コンクリートを使うかで専門家の意見が分かれたが、
金堂の内陣のみ鉄筋コンクリートで造られることとなった。

1600年、増田長盛によって再建された入母屋造の以前の金堂は、
1975年に興福寺へ仮金堂(現・仮講堂)として移築された。
その際、寄棟造に改造されて向拝を撤去している。

金堂に対し左にある「西塔」

今回は初層のみ公開。

東塔(国宝)
現在寺に残る建築のうち、奈良時代に遡る唯一のもの。

総高34.1m(相輪含む)

日本に現存する江戸時代以前に作られた仏塔としては6番目の高さ。
(1、東寺五重塔、2、興福寺五重塔、3、法観寺五重塔、4、醍醐寺五重塔、5、仁和寺五重塔)

六重の塔に見えるが、
下から1・3・5番目の屋根は裳階である。

塔の建築年代については、
730年に平城京にて新築されたとする説が通説となっている。
(飛鳥の本薬師寺から移築されたとする説もあった。)

本塔の建築は、飛鳥時代より進んだ様式である。
(飛鳥様式の法隆寺五重塔や法起寺三重塔よりは進んだ形式だが、
當麻寺東塔(奈良時代末期)や醍醐寺五重塔(平安時代初期)ほどではない)

骨組みは鉄の釘で接続されていたが、
各階の間などでは釘は用いられず木組みだけで構成されていた。

解体修理にあたり、9割は再利用された木材を使用した。

大講堂
2003年3月21日再建。
正面41m、奥行20m、高さ17m。伽藍最大の建造物。

以前の大講堂は1528年に戦火で焼失後、1852年に再建されたものであった。

本尊の銅造三尊像(重要文化財)は、中尊の像高約267㎝の大作。
制作時期当初は、どこにあったか謎の多い像だが、
大講堂に安置される直前には西院弥勒堂で弥勒三尊像として祀られていたという。

大講堂に安置後は、金堂本尊と同様に「薬師三尊像」としていたが、
今回の大講堂の再建後に弥勒三尊像に復している。

堂内には仏足石(国宝)や仏足跡歌碑(国宝)も安置されている。

西僧坊
東塔の水煙が特別公開されている。

西僧坊内部。
左:東塔の青銅製の水煙。
右:東塔の「東塔檫銘(とうとうさつめい」と刻まれた相輪。

食堂
2017年再建。本尊「阿弥陀三尊浄土図」を祀る。
中には、たくさんの仏像があった。

大門を出て、玄奘塔へ。

礼門

玄奘塔
玄奘三蔵坐像とご頂骨(玄奘の頭部の遺骨)を祀る裳階付き八角円堂。

1942年12月23日、中華民国・南京で日本陸軍が土木作業中に、玄奘の墓を発見。
中華民国と協議して、1944年、遺骨の一部を日本仏教会に分けてもらった。
(戦後、蒋介石からも、持出しの許諾を得ている。)

その後、ご頂骨は埼玉県岩槻市の慈恩寺に祀られていたが、
1981年に薬師寺に分骨された。

扁額「不東」は高田好胤和上の筆。
不東とはインドに着くまでは一歩も東(唐)に帰るまいという意味である。

内部には、日本画家平山郁夫が30年をかけて制作した「大唐西域壁画殿 」がある。
(縦2.2m、長さが49m(7場面、計13壁面の合計)の大作。)

壁画は絵身舎利とされ、
なかでも中央の3面は本尊、西方浄土、須弥山となっている。

扁額『大唐西域壁画殿』は平山郁夫の筆である。

玄奘塔からみた、東塔。

左:東塔、真ん中:金堂、右:西塔。
金堂と大講堂の間から撮影。

蓮の花が栽培されていた。

東回廊

東院堂(国宝)1285年再建。
境内の東側、回廊の外に建つ。

元明上皇の冥福を祈るため、
娘の吉備内親王が養老年間(717年 – 724年)に建立した東禅院が前身。

当初は南向きであったが、1733年に西向きに建て変えられた。

堂内の厨子に本尊・聖観音立像(国宝)を安置する。

境内を一周して、再び東塔
西僧坊で勉強したので、塔の先端に注目。

塔の先端部の相輪には、青銅製の水煙。

透かし彫りされた「飛天像」
奈良時代の高い工芸技術を現代に伝えている。

金堂に戻ってきた。

なかなか広い所で、この後、唐招提寺に行く予定だったけど、
次回への持越しとなりました(^-^;

頂いた御朱印

そして、、、駐車場。
カーナビの通りに行くと迷う。

行けば分かると高を括っていた私達も迷った(笑)

奈良公園方向から来た場合、
県道9号線で、ナビの右折の指示を無視して、次の信号まで行くと、
「薬師寺東交差点」に、「薬師寺駐車場」という看板があり、
そこを右折すると到着できる。

薬師寺は、ナビの誤指示を知っているようで、サイトに記載があった。
(ただ、案内されたのは南門ではなかったが…(^-^;)

↓ホームページの案内

ナビの通りに行くと、大門前と北拝観受付の間の道路に案内され、
唐招提寺前を通って県道9号に戻っても、やはり同じ案内をされる。

再び誤案内され、同じように唐招提寺経由で県道9号線に戻ると、
今度はナビが別の道を案内する。

ナビの通り右折し、段々細くなる道を進むと、
「この先に薬師寺駐車場はありません。Uターンして下さい。」
という看板が掲げられていた…(@_@)

これは駄目だとホームページを確認し、たどり着くことができた(^^)/
↓ホームページに掲載されていた地図。

まぁ、ナビの誤案内のおかげ?で唐招提寺が見れたから、
よしとするか(笑)

*本文の説明は、薬師寺公式ホームページを参考にしています。
https://yakushiji.or.jp/

この後は、「平城宮跡」へ行きま~す🚗

つづく(^^♪
「奈良~平城宮跡2022.5」
(後日公開予定(*^^)v)

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奈良~薬師寺2022.5” への6件のフィードバック

  1. こんばんは(^^)
    薬師寺の東塔は全面解体修理直前に見ました。極彩色の西塔と違って歴史の重さが感じられました。鉢植えの蓮は今でも数多くあるんですね。水煙の展示はなかったように思います。
    その時は(2009年)佐紀盾列古墳群⇒平城宮跡⇒薬師寺⇒玄奘塔⇒唐招提寺を一日で歩いて巡りました。ユッタリとした空気感がある奈良がその時にお気に入りになったのでもう一度行きたいと思ってるのですが、今は歩いてって言うのは無理かも(苦笑)

    いいね: 1人

    1. saganhamaさん、こんにちは(^^♪
      水煙の展示は、期間限定でした。
      蓮は当時もあったんですね(^^)/

      1日で歩いて?!
      それはすごいです!!
      私達は、薬師寺の次に平城宮跡へ行きましたが、もちろん車です(^-^;
      確かに、ゆったりした空気感はいいなあと私も思いました。
      でも、さすがに歩いては無理だから、やるとしたら自転車かな(笑)

      いいね

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